第九回口頭弁論期日報告

2020年8月20日

原告ら訴訟代理人             

弁護士  椎名 基晴  

 本日は、原告ら準備書面(18)に記載した、これまでの原告の主張の内容の骨子を説明いたします。

 これから、5つのことをお話しします。

 具体的には、①国籍法11条1項の立法趣旨、②その国籍法11条1項が憲法の原理に違反していること、③憲法13条、22条2項に違反していること、そして④憲法14条1項に違反していること、です。その上で、⑤今こそ違憲判断が求められていること、をお話しします。

① 国籍法11条1項の立法趣旨

 そもそも、国籍法11条1項がなくても国籍法13条によれば、自己の志望により外国籍を取得した者がその意思で日本国籍を離脱することは、可能です。このことからすると、国籍法13条に加えてあえて国籍法11条1項が存在する意義は、本人の意思によらずに国籍を喪失させる点(国籍をはく奪する点)にあると言えます。

 このように国籍法11条1項が存在する意義は、本人の意思によらずに国籍を喪失させる点(国籍をはく奪する点)にあるのですから、「本人に国籍を離脱する意思があるから国籍を喪失させるのだ。」などと言って、その根拠をごまかすことはできません。また同様に、本人には国籍を離脱する意思が必ず存在しているものと擬制する(みなす)ことも、できません。

 国籍法11条1項の立法趣旨は、本人の意思にかかわらず日本国籍を失わせることによって複数国籍の発生を防止し複数国籍の弊害を防止することにあるのです。

② 憲法の原理に違反していること

 本人の意思によらずに日本国籍を喪失させる、つまり日本国籍をはく奪することは、日本国民から我が国の主権者としての地位を奪うことを意味します。

 また、日本国民から、その現に保持している日本国籍を本人の意思によらずに喪失させる(はく奪する)ことは、憲法が定める基本的人権の保障の土台を根こそぎ奪い、「個人の尊重」という憲法が定める基本的な価値を踏みにじることにほかなりません。

 日本国民が現に保持している日本国籍は、これら国民主権原理や基本的人権の保障などの憲法上の原理の根源として憲法で厚く保護されています。

 他方、被告が主張する複数国籍の弊害は、現実化したことのない「おそれ」に過ぎません。しかも、被告が主張する複数国籍の弊害は、(外交保護権の衝突など)複数国籍の発生防止以外の方法で解決可能なものか、(納税義務の衝突や重婚の発生など)そもそも複数国籍とは無関係なものばかりです。したがって、複数国籍の発生防止という国籍法11条1項の立法目的には、本人の意思によらない日本国籍の喪失(はく奪)を正当化できるだけの重要性がありません。

 さらに、手段について、仮に複数国籍を回避すべきとする要請があったとしても、それに対処するためには、国籍法11条1項のような、本人の意思によらずに日本国籍を喪失させる(はく奪する)規定を定める必要はありません。本人の意思に基づく制度である点でより権利侵害的でない代替手段として、本人の意思に基づく国籍離脱制度(国籍法13条)や国籍選択制度(国籍法14条)があります。

 したがって、国籍法11条1項は、国民主権や基本的人権の尊重といった憲法の原理に違反し、憲法10条の委任の範囲を逸脱するものであって、違憲無効です。

③ 憲法13条、22条2項に違反すること

 憲法22条2項は国籍離脱の自由を保障していますが、無国籍となる自由は認めていないと解釈されています。このことから、憲法は日本国籍を離脱しようとする者が既に別の国籍を持っていること、すなわち複数国籍の存在を前提としていることが分かります。

 そして、一般に自由とは「あることを行うことができること」あるいは「しないことができること」だけではなく、「するかしないかを自らの意思で選択できること」を意味しています。

 したがって、憲法22条2項の国籍離脱の自由は、複数国籍者が日本国籍を『離脱することができる自由』だけではなく、複数国籍者が日本国籍を『離脱するかどうかを自らの意思で決める自由』」を保障しています。

 憲法上の諸原理の根源をなす日本国籍を保持するか離脱するかは、日本国民の自己決定権の極めて重要な要素であり、その選択の自由は憲法13条によって保障されるものというべきです。

 これに対して、複数国籍防止の要請の内容を見てみると、防止の根拠となる複数国籍による弊害のおそれは具体的現実的ではありません。国は複数国籍による弊害の除去・防止を主張していますが、現実に複数国籍をもつ者が年々増加する状況の中で、その弊害の除去・防止を名目とする施策を何も講じていないのが実態です。加えて国籍法の改正の経緯を見ると、もともと国籍法は他の制度では複数国籍の発生を認め、その範囲を拡大してきました。これらのことを考えれば、複数国籍防止の要請は、憲法13条・22条2項で保障される国籍保持・離脱の選択の自由を制限する根拠とはなり得ません。

 したがって、国籍法11条1項は、本人の意思によらずに日本国民の日本国籍を喪失させる(はく奪する)点で、日本国民の日本国籍を『離脱するかどうかを自らの意思で決める自由』を保障する憲法22条2項、13条に違反するものであり、違憲無効です。

④ 憲法14条1項に違反すること

 国籍法2条1号2号は、生まれながらの複数国籍の発生を予定しています。また国籍法3条1項、5条2項、17条1項は、後発的に日本国籍を志望して取得することによる複数国籍の発生を予定しています。これらの場合と国籍法11条1項の場合を対比すると、国籍法11条1項が外国籍を志望して取得したときにだけ、複数国籍防止の要請を名目として本人の意思によらずに日本国籍を自動的に喪失させる(はく奪する)という差別的な取扱いをすることに、合理的理由がないことは明らかです。

 また、日本国籍を持つ者が婚姻や養子縁組などによって外国籍を取得した場合、いわゆる当然取得をした場合には、その当然取得した者は、国籍法11条1項の「自己の志望により」という要件の解釈に基づいて、日本国籍を喪失しないとされています。この場合と国籍法11条1項の場合を対比すると、外国籍を当然取得した場合と志望して取得した場合とでは、発生する複数国籍の状態に全く違いはありません。それにもかかわらず、国籍法11条1項が自己の志望によって外国籍を取得したときにだけ複数国籍防止の要請を名目として本人の意思によらずに日本国籍を自動的に喪失させる(はく奪する)という差別的な取扱いをすることに、合理的理由がないことは明らかです。

 したがって、国籍法11条1項は憲法14条1項の平等原則に反し、違憲無効です。

⑤ 今こそ違憲判断が求められていること

 残念ながら国籍法11条1項は、日本国民から本人の意思によらずに日本国籍を喪失させる(はく奪する)ことについて、十分な検討と慎重な考慮の上に設けられた制度ではありません。漫然と旧法の制度を引き継ぎ、日本国憲法に適合しなくなった制度です。

 今、裁判所が国籍法11条1項を違憲無効とすることは、日本国民が日本国民でないとして不当に扱われ、または扱われようとしている状況を正し、多くの日本国民を救済する意義があります。

 原告をはじめ、海外に住む多くの日本国民は、生活上の必要性から住んでいる国の国籍を取得する必要がある一方で、日本国民としてのアイデンティティを保持するために日本国籍を持ち続けることを強く希望しています。このことは、本件原告1の証言や、その他の原告の陳述書、そして原告が提出した世界各国に住む日本国民からのアンケート結果から明らかです。

 また、今、国籍法11条1項が違憲無効となっても、行政実務や日本社会への影響はほとんどなく、違憲無効の判断を避けるべき事情はありません。

 もし国籍法11条1項が今なくなったとしても、現在の国籍制度の実務に何ら大きな改変をもたらすものではありません。外国の国籍を志望して取得して複数国籍となった人は、生まれながらに複数国籍をもつ人たちや、後発的に日本国籍を取得して複数国籍となった人たちと同様に、国籍選択の手続をとればよいのですから。

 そして、日本社会への影響についても、政府は、この裁判で名目的に主張しているほどに複数国籍を重大な問題とは考えていないと思われます。この事実は、今まで政府が複数国籍やその弊害の除去防止を国会やマスコミに訴えたことがないことから明らかです。

 以上のように、日本国民から本人の意思によらずに日本国籍を喪失させる(はく奪する)国籍法11条1項を違憲無効とする裁判所の判断が、今こそ求められています。

 ご清聴ありがとうございました。

以上