控訴審・第3回口頭弁論、期日報告

2022年3 月29日

控訴人ら訴訟代理人             

弁護士  椎名 基晴

 本日、控訴人から、準備書面(5)を提出しました。

1 準備書面(5)の構成

 準備書面(5)の内容は、大きく2つに分かれています。

 前半では、憲法学者のエッセイと判例評釈を1つずつ紹介し、控訴人らの主張を補強しています。

 後半では、地裁判決が、最高裁判所大法廷による在外邦人選挙権制限違憲判決に照らして、控訴人7と控訴人8の訴えを却下し、門前払いにした点が誤りであること、また、外国国籍を志望取得した人は日本国籍を放棄する選択をしたとみなした点が誤りであることを、示すものです。

 順を追って、簡潔に説明します。

2 憲法学者の奥平康弘氏のエッセイ

 まず前半部分です。

 憲法学者の奥平康弘氏は、1994年の「国籍を離脱する自由雑感」というエッセイで、次のように書いています。

 「ぼくには、国籍というものを単に便宜的なものと受け止めたくない思いがある。生まれたときからぼくのなかに埋め込まれていた国籍は、まことに冷たい制度であって反逆したくもなるが、疑いもなく自分のアイデンティティの一部(ビロンギング)を構成している。こういうものとして、冷たい制度でありながら、よきにつけ悪しきにつけ、心情的なるものが底辺を流れている。ときとところで衣の如く着替えるということは、ぼくにはできそうにない。」

 奥平氏のこのエッセイは、本人が望むと望まないとにかかわらず、また、本人が意識しているとしていないとにかかわらず、大多数の日本国民にとって生来の日本国籍がアイデンティティの根幹となっていることを雄弁に示すものです。アイデンティティの根幹をえぐり取る国籍法11条1項の違憲性は、厳しい基準で判断されなくてはなりません。

3 憲法学者の毛利透氏の判例評釈

 次に、憲法学者の毛利透氏は、昨年1月の東京地裁判決について、次のように書いています。

 「国籍を離脱する自由は、離脱したくないと考えている者の「離脱させられない権利」を含むと解釈することが憲法の趣旨にかなうという帰結を導くことは、人権保障にある程度積極的な憲法解釈を行うつもりになれば、さほど困難ではないはずである」

 これは、原判決が、日本国籍剥奪が個々の日本国民にもたらす被害の重大性をまったく考慮せず、人権保障に積極的ではなかったことに対する批判といえるでしょう。

 基本的人権尊重を基本原理とする憲法の下において、原判決の結論が維持されることなどあってはなりません。

4 後半部分

 次に、後半部分の説明をします。

 後半部分では、まず控訴人7と控訴人8が門前払いされてはならないこと、すなわち、2人は外国国籍を志望取得しても日本国籍を失わない地位にあるものと確認できることについて、説明しています。

5 在外邦人選挙権制限違憲判決との比較

 国は、控訴人7を門前払いにすべき理由として、スイス国籍を取得できる可能性がどれほど高い人でも100パーセント確実に取得できるとはいえない、だから控訴人7は今回の訴訟で争うことはできない、と主張しています。地裁判決も、国のこの主張を認めました。

 しかし、国の主張と地裁判決は、在外邦人選挙権制限違憲訴訟で最高裁判所大法廷が示した違憲判決に照らすと、誤っています。

 在外投票制度のなかった時代に日本国民は海外に転出して海外に在住している間は国政選挙で投票できませんでした。一部の人は、それが違憲であるとして国家賠償を求めました。また、次の選挙で選挙権を行使できる権利を有することの確認を求めました。これらを求めて提起した訴訟が、在外邦人選挙権制限違憲訴訟です。

 国は、その控訴審で、次の選挙で選挙権を行使できる権利について、将来の事情によって変動があり得るから100%確実という判断はできない、だから門前払いにするべきだ、と主張しました。

 しかし、最高裁大法廷は、国のこの主張を退け、原告らを門前払いしませんでした。そして、原告ら勝訴の違憲判決を下しました。

 最高裁大法廷は、門前払いにしない理由として、以下の理由を挙げました。①選挙権が憲法上の重要な権利であることを前提に、②侵害を受けた後に争うことによっては権利行使の実質を回復することができない性質のものであること、そして、③訴訟がその権利の侵害を防ぐうえで有効適切な手段であること、です。それぞれの理由が今回の訴訟にも当てはまります。

 まず、今回の国籍はく奪条項違憲訴訟で問題となっている日本国籍は、在外邦人選挙権制限違憲訴訟で問題となった「選挙権を行使する権利」の根本に存在するものです。「選挙権を行使する権利」だけでなく、その他の諸人権の根本に存在するものです。したがって、憲法上の重要な権利であるどころか、その根本を構成する、極めて重要な憲法上の地位です(①)。

 また、「選挙権を行使する権利」だけでなく、たとえば最高裁判所裁判官の国民審査に参加する権利、日本に帰国する権利、日本での居住の権利、日本での就労等の権利や職業選択の自由、日本での経済活動の自由など、日本国籍を有することによって保障される基本的人権が数多くあります。これらの基本的人権は、日本国籍を剥奪された後に争うことによっては、日本国籍を失った期間に享有し行使できていたはずの権利や自由について、その実質を回復できません(②)。

 さらに、奥平康弘氏のエッセイが示したように、生来の日本国籍は個人のアイデンティティの根幹をなすものです。生来の日本国籍が一旦剥奪されてしまうと、アイデンティティの継続性・一貫性が失われ、その実質を事後的に回復することはできません(②)。

 今回の訴訟の控訴人7は、スイス国籍取得のための要件を明らかに満たしています。控訴人7のスイス国籍取得を妨げるような事情はありません。そのため、控訴人7がスイス国籍取得を申請した場合、客観的にみてスイス国籍を取得する相当高度の蓋然性があります。

 控訴人7はスイス国籍の取得を望み、同時に日本国籍を失うことを何としても避けたいと望んでいます。そのような控訴人7にとって、スイス国籍を取得しても日本国籍を失わない地位にあることの確認を求める今回の訴えは、日本国籍をはく奪されることを防ぐうえで有効な手段です。しかも、現在の訴訟制度には、控訴人7が日本国籍をはく奪されることを防ぐために利用できる訴訟は、今回提起した確認の訴えのほかになく、この訴えは適切な手段です(③)。

 以上のとおり、控訴人7は、在外邦人選挙権制限違憲訴訟の最高裁大法廷判決が示した基準を、同訴訟より一層満たしています。

 したがって、控訴人7が門前払いされてはなりません。

6 日本国籍放棄の意思擬制の不合理

 最後に、今回の書面では、本件の地裁判決が、外国国籍を志望取得した人は日本国籍を放棄する選択をしたとみなした点について、その不合理さを指摘しています。地裁判決がこの点について、在外邦人選挙権制限違憲訴訟の最高裁大法廷判決と整合しないことを指摘しています。

7 おわりに

 以上、本日提出した控訴人らの準備書面(5)の内容をご説明しました。

ご清聴ありがとうございました。

以上